各種砲座には鉄製の掩蓋を付け、入念な偽装を施していった。他の砲もすべて巧みに偽装をしながら地形に溶け込ませた。
予想上陸地点の西海岸の側防砲兵が陣地占領する無名の小島でもまた、上陸時に備えての地点評定に余念がなかった。
敵が砂浜に蝟集した刹那、渾身の思いを込めた砲弾を正確に送り込んで木っ端微塵にしてやるべく砲兵は準備を入念に整えていた。
また、上陸時の猛烈な艦砲射撃や爆撃によって通信線が寸断された場合に備えて、伝令に使うための軍用鳩や軍用犬も待機していた。海岸線近くの大きな対戦車壕の掘削と偽装も終えてある。水陸両用戦車や装甲車両を深い壕に落として無力化し、盾を失って立往生する随伴歩兵を徹底的に砲兵で叩くための工事だった。
兵士の中には、深まる焦慮から労役に就いていた島民に当たり散らす者も若干いたが、将校と下士官は極力目を光らせてのその防止に努めていた。
年がひとまわりも離れた弟を数年前に病気で亡くした大場伍長は、彼にまとわりつくようにして離れない島の子供達をよく可愛がり、休憩時間などに「さくら さくら」や「ふるさと」を繰り返し歌って聴かせては貴重な甘味品を分けてやったりしていた。
時には輪になって遊ぶ「かごめ かごめ」の遊び方を教えたりもした。
「後ろの正面だーれ?」たどたどしい日本語で子供が歌うようになると、大場は遠い群馬の山河を偲ぶように瞳を閉じて静かに聴いていた。そんな時は周囲の兵士達も炎天下での喘ぐような重労働に傷んだ肉体を癒すようにして聴き入り、心は故郷へと一直線に飛び、両親や弟妹、妻子や恋人のもとへと思いは立ち帰るのだった。
「あーあ 親孝行がしたいよな」そう誰かが言った。
「俺は嫁さんがほしいなあ」もう一人が続けた。
「ここで勝って内地へ帰ってから、嫁さん貰えば親孝行もできるって」
大場の近くに腰をおろしていた兵士が髭面で振り向きながら笑った。
みんな戦争を一刻も早く終わらせて無事に故郷へ帰りたいんだ。大場は、孝行や結婚に託して望郷の思いを口にする戦友達を心からいとおしく思った。
極寒の地での勤務中にもよく周囲で聞き、また大場自身も口にした言葉だった。それは上官に聞かれても叱責されることの絶対にない言葉だったからだが、そこには心からの平和への希求と憧れがこもっていた。
もう一度、青い畳に大の字になって眠ってみたい 大場はふとそう思った。
子供達と過ごす僅かな時間は兵士達にとって何よりの慰めだった。心が和む時、故郷はそこかしこに様々な装いをまとって立ち現れ、戦いへ臨む恐怖から来る緊張を解きほぐすように思われた。
刻々と上陸の時は迫ってくる。陣地構築に流す汗が、戦闘で流す血の量をそれだけ減らすのだと皆は信じて、吹き出した汗が塩となって白く結晶する過酷な暑熱に歯を食いしばって耐えながら黙々と工事に取り組んでいた。
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