島の青年リミップとテルメテーツは連れだって地区隊司令部へと歩いていた。中川地区隊長に日本軍と共に戦わせてほしいと願い出るために。
二人ともまだ18歳にもならない若者だったが、自分達を人間として扱ってくれる大好きな日本軍と一緒にアメリカと戦いたいという若者らしい熱意に突き動かされていた。
いくつかのアバイ(集会所)の横を抜けて、勾配の急な坂を登っていく。巧みに偽装された砲座や機関銃座がうずくまる防御陣地内に、暑い南の風が吹き抜けながら野鳥の声や兵士達の気配を運んでいる。
洞窟陣地の中は直射日光にさらされる外と比べて涼しく感じられる。汗も引きかけた二人が兵士について案内された区画に入ると、参謀達と一緒にいた地区隊長が鋭い眼差しを二人に向けた。
敬礼を終えたリミップがまず言った。
「僕たちも一緒に戦わせてください」
「アメリカをやっつけたいんです」テルメテーツが続いた。
中川地区隊長はしばらく無言のまま、まだあどけなさが残る少年達を交互に見つめていた。しっかりと奥歯を噛みしめて引き締めた表情からは、胸の奥を窺い知ることは難しいようだった。
通路を走っていく通信手の靴音が時々響きはしたが、少年達にとってはとてつもなく長い時間が流れたように思われたその時、地区隊長の瞳が裂けるかのように大きく見開かれ大喝が轟いた。
「とぼけるな!帝国軍人が貴様ら土人と一緒に戦えると思うのか!帰れ」
これまでの陣地構築作業中の地区隊長巡視等で二人が見かけた温顔とはまるで別人のような剣幕に茫然とした少年達は、どこか気の毒そうな表情を浮かべた兵士に付き添われて洞窟を出た。
日本人は違うと思っていたのに・・・二人は思った。やっぱりこれまでの奴らと同じじゃないか。僕たちペリリューの人間のことを友達とは考えてくれないんだな。
冷水を浴びせかけられたような気持ちを抱きながら、二人は重い足取りで歩いていった。
「あれでは地区隊長殿の真意は伝わりますまいな」参謀の一人が微笑混じりに太い眉を下げた。
「うむ あれでいいんだ。」中川大佐は微笑んだ。
「島民を可能な限り助けたい。自分達が去っても島民の暮らしは続いていく。いつかは必ず南洋の人々にも平穏な日々が戻ってくるのだから」
「本島への島民待避準備は完了したか?」大佐は参謀を振り返った。
「はい。大発の夜間機動により安全に輸送致します」不動の姿勢を取った参謀の力強い言葉に大佐は深く頷いた。
隣のアンガウル島でも同じ処置が取られている。日本軍は島民を阿鼻叫喚の激戦場から逃れさせることは自らの当然の義務だと考えていた。
ここペリリューでも、非戦闘員である島民を一人残らず危険から遠ざけることが、日本の軍人として武人の心胆を練り上げてきた中川地区隊長が強要した別離の最大の理由だった。
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