20両足らずの軽戦車が、上陸した敵に占領された海岸陣地へ向かって出撃すべく天山麓へ集結を終えた。地区隊唯一の機械化部隊で、空襲と艦砲から必死の思いで温存して局地逆襲に備えていた部隊だった。
少年戦車兵達を多く含む戦車隊の士気は極めて高く、飛行場を南下して一気に海岸陣地の敵を覆滅しようとエンジン音を轟かせていた。
敵のM4戦車との決戦に兵士達は若い血をたぎらせている。だが、彼らは知らなかった。ヨーロッパや北アフリカの戦場で優秀なドイツ軍の機甲部隊との戦いに苦杯を舐めさせられてきたアメリカ軍が、国の技術力を必死に結集させて優れた防御力と攻撃力そして機動性を兼ね備えた戦車を迅速に造り上げてきたことを。
それにひきかえ日本軍は大規模な戦車戦を行った経験が皆無で、過去にノモンハンでソ連の機甲部隊に手こずった戦訓も全く生かされていなかった。
極端に薄い装甲と貫徹力に乏しい備砲、低い馬力では到底アメリカ軍戦車を屠ることなどできなかったが、旺盛な戦意を溢れさせ救国の情熱を燃やす戦車隊は中川地区隊長の期待を込めた見送りを受けて、斬り込み隊の歩兵をロープを張った砲塔周りに随伴搭乗させて勇躍出撃していった。
戦車隊が飛行場を横切り海岸陣地へ向かおうとした時、自走無反動砲や肩撃ち式対戦車ロケットであるバズーカ砲、そしてM4戦車で濃密に構成された火網が一斉に火を吹いた。
たちまち数両の軽戦車の砲塔が、周囲に張られたロープにつかまって搭乗していた随伴歩兵諸共に宙高く吹き上げられた。車体を易々と射抜いた敵の砲弾は勢い余って向こう側のヤシの木を倒した。停止して応戦する軽戦車の砲弾は正確にM4戦車の車体を捉えたが、まるでタドンのように跳ね返されて効果がなく僅かな損害も与えることができなかった。
軽戦車から飛び降りた斬り込み隊の歩兵達を弾けるような銃声を響かせる海兵達の自動小銃がバタバタと倒していく。キャタピラをバズーカに切られた軽戦車が走行不能になると、ハッチを開けて飛び降りた少年戦車兵は拳銃を振るって敵陣へと駆け出したが、瞬く間にM4戦車の車載機銃に倒されて動かなくなった。
軽戦車がすべて撃破されて動きが止まるとM4戦車を先頭に敵は進み始めた。戦死者を装って伏せていた兵士達は戦車をやり過ごすと随伴歩兵を狙撃し、銃剣を振るって刺突し、手榴弾を投げた。あちこちで海兵と兵士達の白兵戦が始まった。
敵の懐に手榴弾を押し込むと共に倒れ込み爆砕して果てる者がいた。素早く奪った自動小銃で腰だめに射撃して海兵をなぎ倒す者もいた。M4戦車に走り寄ると飛び乗り、ハッチを開けて手榴弾を投げ込むと戦車兵達が悲鳴をあげて飛び出してきた。投げ込んだ手榴弾の不発に気づいた兵士はそのまま車内に乗り込み、砲塔を回すと他のM4戦車を射撃し始めた。周囲に随伴している海兵へ突進しキャタピラで踏みにじる。逃げまどう海兵に軍刀で顔面に斬りつけ、返す刀で背中まで突き通す将校がいた。敵味方入り乱れての混戦に敵は戦車砲も車載機銃も近すぎて使用できなくなり小火器と手榴弾と格闘によるすさまじい白兵戦が展開された。
自動小銃を逆さまに持って打ちかかってきた海兵を防ぎきれずに兵士が倒された。馬乗りになった海兵の背中に近くの兵士が投げた銃剣付小銃が深々と突き刺さり海兵の大きな体がグラリと揺れて倒れた。
鉄帽を取ると横殴りに払う海兵がいて、兵士は昏倒し拳銃でとどめをさされた。倒れて揉み合ううちに耳を食いちぎられて悲鳴をあげてのたうち回る海兵に追いすがるようにして兵士は血を撒き散らしながら耳を押さえている海兵の腹にまたがり拳銃を額に撃ち込んだ。
動けなくなったM4戦車を盾にしながら数名で銃列を布き一斉射撃で海兵を倒すと、背後に回った海兵から自動小銃の掃射を浴びて兵士達は倒れた。
海兵も喊声を上げながら分隊規模で勇敢に突撃してくる。身を伏せて射撃していた斬り込み隊の兵士達も着剣した小銃を構えると立ち上がって迎え撃った。
そこここで銃剣がきらめき、すさまじい気合いと共に軍刀が振り下ろされる。海兵は力任せに自動小銃を振り回して銃剣をかわしながらコンバットブーツで蹴り倒し、倒れた日本兵の顔面に銃床の一撃を入れた。
返り血を浴びた将校が軍刀でさらに二人目の敵へ斬りかかろうとするところを至近距離から拳銃で倒された。
日本兵が逆手に持った銃剣で後ろから海兵の広い背中を思い切り刺し通す。倒すと見る間に自動小銃を奪い、最初に目に入った敵に撃ち込んだ。
戦車を失った少年戦車兵達も奮戦していた。大柄な海兵達を相手の接近戦で一歩も退かず、ひるむことなく勇敢に立ち向かい、弾けるように地面に伏せて拳銃で敵を狙い撃つ。弾を撃ち尽くすと手榴弾を投げ、倒れた兵士の小銃を取ってさらに射撃し、銃剣をふるって海兵に果敢に体当たりして散っていった。
兵士が乗り込んで奪ったM4戦車が自走無反動砲に体当たりして横転させると、すぐに方向を変えて他の戦車群に向かおうとした。敵はこの戦車を3両で挟み込んで動けなくすると至近距離から備砲を発射して仕留めた。
数と装備に勝る海兵は次第に白兵戦でも優位に立ち始め、阿鼻叫喚の地獄絵図の中でも斬り込み隊を圧倒していった。
アレン ロドクリフ大尉の率いる一隊は、荒れ狂う鬼神のような日本軍兵士達にひけを取らない勇猛果敢さを発揮しながら、燃える戦車と呻く重傷者、そして今は物言わぬ死者達の屍を乗り越えて戦っていた。
大尉は昨日の上陸前に部下達が陽気に言い交わしていた「メイビー スリーデイズ」を苦々しく思い出していた。上陸した西海岸は海兵達の流した血でオレンジ色に染められた。コバルトブルーの海が見る見るうちに赤く染まり始め、硝煙と立木と人間が焼け焦げる匂いと潮の香りが入り交じりながら暑い風に乗ってビーチを惨烈に覆い尽くしてしまった。
ちぎれた腕や足、胴体や首が波打ち際に打ち寄せられてくる。日本軍砲兵の正確無比な砲撃は大勢の海兵達を吹き飛ばして、飛び散る臓物や海浜の砂を染めて流れる血は南海の楽園を見る見るうちに無惨な修羅場と変えていった。
水の補給が追いつかなかった。沖合に待機する艦船群に各上陸部隊は矢継ぎ早の支援要請を送るのだが、上陸当初の混乱では円滑な物資追送などは到底望めず、海岸陣地からの猛烈で正確な火力集中と焼けつくような炎熱に喘ぎながらビーチに体を貼り付けたまま一歩も動けなくなった。
島が無くなってしまうのではと心配したほどの無尽蔵な海と空からの砲爆撃はいったいどんな効果を上げたというのか?わがアメリカの砲弾や爆弾は日本軍には効かないのか?何が3日もあれば終わるだ!
夜に入るとアメリカ軍はひっきりなしに照明弾を打ち上げながら西海岸一帯を明るく照らして夜襲に備えた。中部高地帯の日本軍砲兵に対する艦砲射撃も間断なく行われた。
確保した陣地に浸透してくる日本兵を重機で掃討し、揚陸した迫撃砲で吹き飛ばす。水陸両用車の陰で慌ただしく摂ったレーションは何も味がしないような気がした。
禁止されていたタバコを我慢できず、しかも両手で火を覆って隠すことを怠った数名の海兵はたちまち正確な狙撃に顔を撃ち抜かれて戦死した。
今日は二日目だ。西海岸の残存陣地はほぼ掃討を終え、つい先ほど、南海岸一帯も制圧しつつあるとの報告が入った。しかし、中央高地帯の敵陣地群は健在だし、いったいどれほどの洞窟陣地や地下坑道陣地が連絡通路で結ばれているのか見当もつかない。
大尉の指揮下にあるベテランのブルース テイラー軍曹は冷静沈着に兵士達を指揮しながら日本軍兵士達を倒していった。近距離の手榴弾戦にもひるむことなく、吶喊してくる一隊にはよく火力を集中してなぎ倒し、決して慌てることがなかった。
コルトガバメント拳銃を握りしめ、時には仁王立ちのままで一歩も退かずに兵士達を叱咤激励しながら、敵兵と戦い続けた。
M4戦車は周囲の折り重なる死体にも車載機銃による掃射を繰り返しながら前進した。後方に随伴する海兵達もまた、もう動かなくなった敵兵に自動小銃を再度撃ち込みながら飛行場を進んでいった。いつ死体の間から敵兵が躍り上がって襲ってくるかと気が気ではなかったからだ。
飛行場の突端までほぼ掃討を終え、逆襲を排除して一帯の確保が終わったかのように思えた時、先頭を進んでいたロドクリフ大尉は手を挙げて止まれの合図をした。
個人壕の中に一人の若い兵士が倒れていた。横には軽機関銃と撃ち殻薬莢が散乱し、瞳は閉じられたままで抱き抱えた無線機のキーを微かに動く指が叩き続けている。
大きく裂けた脇腹と首筋の傷から流れ出す血は水溜まりのように広がり、顔からは血の気が失せて生気が失われつつあった。
帆足一等水兵は薄れゆく意識の中で妹に話しかけていた。「由紀ちゃん たあにいちゃんはアメリカをたくさんやっつけたよ でも飛行場のことを無線機で連絡しないといけないんだ。すごく眠いけど頑張るからね おかあさんの言うことをよく聞いて、たあにいちゃんが帰るまでお利口さんで待っててね」
立ち尽くすロドクリフ大尉にもテイラー軍曹にも、そして部下の勇者達にも、目前で死にゆこうとしている若い敵兵が最後まで何をしようとしているかはじゅうぶんに見て取れた。
艦砲の音も装甲車両のエンジン音も一瞬止まったかのように思われ、天空高くから舞い降りてきたような不思議な静寂が殺戮と憎悪が渦巻く戦場に滑り込み飛行場の一劃を満たしていた。
ロドクリフ大尉はゆっくりと周囲を見回した。味方ばかりが目に入った。そこには緩慢な動作と憮然とした表情が溢れていて、敵味方の物言わぬ死者達の間を生者の群れが彷徨いながら流れているようだった。
敵の遺棄死体検索と味方の遺体収容や負傷者の後送作業が始まっている。いつものように激戦の後での戦場掃除の時間が流れ始めたのだ。
「テイラー軍曹 整列だ」大尉は短く言った。
部下達が姿勢を正したのを確かめると、アレン ロドクリフ大尉は、高貴な義務を最後まで果たした敵の勇者に戦士として敬意を表するために捧げ銃を行った。
まもなく帆足一等水兵の指は永遠に止まった。土気色の顔には深い安堵感が漂うようで、その神々しささえ帯びた表情からは芳しい高貴さが天空高く舞い昇っていくようだった。
ちょうど同時刻の日本、帆足の実家では常と変わらぬ時間を母と妹が過ごしていた。
「ただいま」聞き慣れた元気な声が母と妹の耳にハッキリと聞こえ、思わず立ち上がった二人は茶の間から転がるように玄関へと走り出た。
誰もいない玄関は、優しかった息子の、そして大好きな兄の気配に温かく満たされていて、二人は不思議さに思わず顔を見合わせた。
青年は妹と交わした約束どおり、今は自由な飛翔を得て愛する故郷に帰ったのだった。
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