さつま通信

2011年7月3日日曜日

第8章002:オレンジビーチ - スリーデイズメイビー

動画と文章には関係ありません。当時の史料としてご覧ください。

 昭和十九年九月二十二日の二十二時三十分、先遣隊は福井連隊長以下の見送りを受けてアルミズ桟橋を勇躍進発した。

 兵士と装備を満載した舟艇ではフルスピードはとても出せないが、まるで先遣隊の闘魂が乗り移ったかのように各艇のエンジンは軽快な唸り声を上げ始めた。

 月が雲間に見え隠れしながらついてくる。潮の香りが鼻先をかすめて後ろへと飛び去っていき、時折バウンドするように上下する舳先からは、飛沫が兵士の軍服を濡らして飛び散った。

 アラカベサン島北西端、パラオ港、ウルクターブル島、マカラカル島西側を順次通過して、三ツ子島を通過したのは二十三日の午前二時になっていた。

 ゴロゴッタン島にさしかかったところで指揮艇が座礁し、四十分ほど離礁作業を実施して再び前進を開始、ガラカシュール島西方のペリリュー進入水路を経て、ペリリュー島北端のガルコル桟橋を目指して一路エンジン全開で進んでいった。

 友軍の水上偵察機らしき小さな機影が二機、ペリリュー島目指して飛んでいくのが見えた。本島に温存するなけなしの航空兵力で夜襲をかけるのだろう。佐伯中尉以下二百五十名の兵士達は、攻撃成功を南の夜空に心中深く祈った。

 満載した装備が時折ふれあう金属音と、エンジンがあげる唸り声以外は何も聞こえない指揮艇の中央部で佐伯は前方に目を凝らしていた。海面を光の帯が接近してきては離れていく。夜光虫だろうか?まるで俺達を目標へと誘導してくれるようだ。極寒の大陸で共に苦労した戦友達が、早く傍に来てくれと招いている気がした。いったいどのくらいの戦友達が鬼籍に入ってしまったことだろうか。敵の叩き込んできた艦砲と空爆は凄まじかった。あの島はどんな姿に変わってしまったのだろう?

 行けば総てがわかる。ともかく、どんなことをしてでもたどり着かねばならない。

「ガルコル桟橋まで概ね二キロ地点!」パイロットが叫んだ。その声とほぼ同時に、ガラカシュール島方向から敵艦艇の猛射が始まった。発見された!ここを全速で振り切らねば。

 艦砲や機関砲の射弾が曳光しながら集中してきて、あちこちで水柱が上がり海が泡立つ。先遣隊はぜがひでも突破しようと歯を食いしばった。

 各艇のエンジンは唸りを増しながら、喘ぐように上下する艇体を必死で支え前進させるように思えた。

 兵士達は、各自が武器を握りしめて低い姿勢を取りつつ、ひたすらガルコル桟橋にたどり着くのを待った。この位置と距離から発砲しても意味はない、ここは耐え忍んで桟橋達着を待つしかなかった。

「上陸地点は近いぞ!卸下に備えろ!」佐伯は声を限りに何度も叫んだ。叫びながら、部下ばかりでなく自らをも同時に鼓舞しながら。

 目標の桟橋が夜明けの海に突き出しているのが見えてきた。硝煙の匂いが風に乗って兵士達の鼻孔をくすぐり、潮の香りと混じり合って各舟艇の周囲を満たし始めた。

 あと少しだ。あと少しで全艇が沈められずに装備を陸揚げできる。

 明け方五時を二十分ほど過ぎようという頃、被弾した艇もなく先遣隊はガルコル桟橋に到着して上陸に成功した。

 時を移さずに装備品と物資の卸下を終えた直後、空を引き裂くような爆音が迫ってきて敵機の空襲が始まった。豆を炒るような激しい銃撃音が耳を圧して、瞬く間に十名を超える兵士達が無念にも倒されたが、弾け飛ぶように散開した兵士達は空への応射を繰り返しながら犠牲を極力少なくするように努めた。

 やがて敵機は去った。佐伯中尉は、各級指揮官を通じて全隊を掌握すると、中央高地帯の大山陣地を目指して移動すべく分散待機を命じた。

 翌朝までには中川地区隊長の指揮下に入らなければならない。兵力を温存して食事と休養を取らせて、油断なく前進しなければ。

 佐伯は、焦げたヤシが散在する変わり果てた島の様子を見ながら、上陸成功の安堵感に浸る間もなく任務完遂を心に誓った。

 先遣隊の士気は極めて旺盛で、遺体の収容と負傷者の手当を機敏に処置しながら、闘志を漲らせて各自が警戒と装備点検の任に就いていた。

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